「バタフライ和文タイプ事務所」(小川洋子)

絶妙なエロス、または上品な言葉遊び

「バタフライ和文タイプ事務所」
(小川洋子)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第10巻」新潮文庫

「私」の勤める
バタフライ和文タイプ事務所。
そこには、
近くの大学医学部からの論文が
持ち込まれる。
あるとき「私」の打ったタイプの
「糜」の活字が欠けてしまう。
所長は三階の活字管理人に
持って行けという。
活字管理人とは一体…。

同じ小川洋子の作品「ミーナの行進」
中学生にぜひ薦めたい一冊なのですが、
本作品は未成年にはお薦めできません。
何ともいえない絶妙のエロスが
びしびしと感じられるからです。

物語に筋書きのようなものは
ありません。
欠けた活字を持参する「私」と
その新品を探して「私」に手渡す
管理人とのやりとりだけなのです。
でも、面白すぎます。

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今日のオススメ!

活字「糜」を手渡したときの
管理人の台詞。
「淫らな感じが漂っています。
 とくにまだれの中の、上部あたり」
「粘膜が脱落して、
 元々のなめらかさが
 失われてしまった様子を、
 よく伝えているように思います。」

活字「睾」の字が
摩耗したときのやりとり。
「かなり摩耗していますし、
 色も黒ずんでいる。
 いったい、何万回の睾丸を、
 打ちつけてきたのでしょうか」

「私」は管理人とのやりとりに
快感を覚えたのでしょう。
今度は活字「膣」を
自分でわざと破損させ、
管理人に持ち込みます。
「かなり、痛ましいですね。
 ねじれた圧力が
 かかったのでしょう。」
「無口に、ひっそりと、
 自分に与えられた場所を守り、
 決してそこから
 はみ出そうとはしない。
 まるで、巻貝の中に潜む、
 深海の生きもののようだ」

部分部分で抜き書きすると
とたんにいやらしくなり、
これ以上書くのが憚られます。
しかし、本作品を読み通すと、
上品な言葉遊びの連続に
ただただ唸らされます。
ストーリー展開の面白さで
読ませるのではなく、
文字と言葉の織りなす妖艶な感覚で
引きつけているのです。
これは日本語の「漢字」ならではの
産物だと思います。
他の言語ではこんな作品を
生みだすことはできないのでは
ないでしょうか。

本作品は、やはり大人でなくては
十分に味わえないでしょう。
そもそも今の若い人は、
和文タイプ」なるものの存在を
知らないでしょうし。
パソコンもワープロも普及する前の
「和文タイプ」をネタに、
このような小説を創り上げるとは
驚きです。
現代の言霊使い小川洋子、恐るべし。

※「和文タイプ」と同じように、
 日本語の活字を素材にした作品に
 ほしおさなえ
 「活版印刷三日月堂 星たちの栞」が
 あります。こちらもお薦めです。

※小川洋子「ミーナの行進」は
 中学生にぜひ薦めたい作品です。

※本作品に似た、エロス漂う
 言葉遊びの作品としては
 高樹のぶ子「トモスイ」が
 あげられます。
 こちらは同じ本に収録されています。

「日本文学100年の名作第10巻」
 収録作品一覧

2004|バタフライ和文タイプ事務所
             小川洋子
2004|アンボス・ムンドス 桐野夏生
2005|風来温泉 吉田修一
2005|朝顔 伊集院静
2006|かたつむり注意報 恩田陸
2006|冬の一等星 三浦しをん
2007|くまちゃん 角田光代
2007|宵山姉妹 森見登美彦
2008|てのひら 木内昇
2008|春の蝶 道尾秀介
2009|海へ 桜木紫乃
2009|トモスイ 髙樹のぶ子
2009| 山白朝子
2009|仁志野町の泥棒 辻村深月
2013|ルックスライク 伊坂幸太郎
2013|神と増田喜十郎 絲山秋子

日本文学100年の名作をどうぞ

(2021.4.4)

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